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マグロ漁船part2 

>前回の続き
マグロ漁船って聞くと、TVや小説などで、「借金返せないんなら2~3年、マグロ船に乗ってもらおうか!!」っていうセリフがどうしても浮かんでしまう

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どういういきさつかはわからないけど、短期間だけマグロ船に乗っていたらしい。
遠洋航海で数年かけて海にでていたのかと聞いたら、そうではなかった。
1回あたり40日くらい、場所は南太平洋の赤道付近とのこと。
当時(50年近く前)は、船も小さく冷凍設備もなく、延縄漁で取ったマグロ(メバチやキハダ。)
は氷付けにするが、終わりの頃には氷も解けてきてしまい、途中寄航し補給するも、かなり
大変だったらしい。もちろん船室に冷房はない。
またカジキマグロがひっかかると、網をグチャグチャにされてしまい、大変だったそうだ。
(暴れるうえに、鼻先に長く鋭く尖った剣のようなものがついているため。)

詳しくは聞けなかったが、やはり相当ハードなんだろうな…陸に上がってから
マグロ船は辞めたとのこと。
(その後、自分の乗っていた船が、後に沈没した、と言っていた。。

次はサンマ船に乗り、
更にその次には貨物船。

この貨物船では、ほんとうにいろんな国へ行ったそうだ。 
(でも北欧は行ってないって。そ、そう。。ちょっとガッカリ。)
主に重量物を運んでいて、バスや電車、石油ナントカ。。 木材。
東南アジアへは、マラッカ海峡を通る。
「え~!マラッカ海峡って、海賊でるやんか!!」
「そん頃は今みたいに、いなかった。」
うわ、なんか興奮。。

ほかには主に、アフリカやインド、パキスタン、中東、中南米へ行っていたという。
「ピラミッド、見とけばよかったな…」
「ギャー、もったいない!」
「砂嵐がすごいんだ、気温も5,60℃位になってたから。」
 う~ん、それはもう、想像を絶する。。

「エジプトって言ったら、スエズ運河通る?」
「ああ。」
 う~ん、学校で習ったなあ。

中米ではパナマ運河。
 ここは湖で淡水だから、船を洗うんだ、とのこと。

南米は、ブラジルのリオデジャネイロやサンパウロ。
「肉が安くて旨いんだ。帰りはな、鉄鉱石なんか積んで戻った。」
 う~ん、やっぱり地理かなんかで習ったなあ。
「ああ、ニューヨークにも寄ったことがある。」
 フウ~ン、NYC。。ラモーンズ。。

そして、インド。。
「あそこの川はきったないぞ。」
「川って、ガンジス河じゃないのお?」
「大潮んときは、3,4mも波がぶっかかるから、
でかい鎖を何重にもして、船が流されないようにクソ暑い中やんなきゃ
ならないんだ。」

そんな波をくらえば、当然いろいろ飲み込まれて流されるらしい。
そして、とにかく汚いらしい。(今でもそう聞きますが。。)
死体も浮かんでいたらしい。 (これも聞いたことありますが。。)
一方で同じ水を生活に使っているし、
なんといっても聖なる河なんですよね。ガンガー。。
「通りなんか、牛だらけだぞ。」
 う~ん、牛ってヒンズー教では神様(の使い?)だったっけ??たしか。

「そうだ、あの樽ワインはどこの国だった?」
「あれはイタリアだ。」
 ふうん、やっぱりそうだよねぇ。。

 
貨物船時代の終わりの頃は、ラワン材(熱帯の木材)の運搬で
フィリピンへよく行っていたとのことだった。
そこで初めて個室になった。
「洗面所なんかもついてるんだけどさ、歯磨きしながら、つい部屋の外
へ出ちゃうんだよ。それで、ああ、部屋にあったんだな、なんてさ、
戻るわけ。個室だとなあ、みんな部屋にこもって出てこなくなるから、
それはそれでつまらなかったな。」

基本的に、部屋にはエアコンなんてついていない。
だからとにかくクソ暑い。しかもずっと海の上で、密度がいろんな意味で、濃い。
「暑いから部屋の窓、あの丸い窓な、開けて寝るだろ?
そうすっと、波がザブンと来て、トビウオなんかも入ってきて、
大変だったぞ。水浸し。」

話を聞いているだけでは、すっげえ!(笑)って思って大興奮だったけど、
実際、長い長い海の上での生活、私は想像すらできない。
今でも、きつい、危険な仕事だろうと思う。
しかも半世紀も前ともなると、設備など、はるかに劣っていただろう。
船に積める食料も限られるし、
乗員同士で喧嘩になったりしても、顔もみたくない状況になっても
海の上じゃあ、家に帰るわけにもいかないんだよなあ。そこにいるしかないんだよなあ。

陸地の見えない海上で、時化の時なんか、そりゃもう波かぶって、揺れに揺れて、
壮絶なんだろう。
命がけ、だったんだろう。

その後定年までは、航海しない船に乗っていたチチ。
少ない会話のなかで、まあこれだけ聞いたわけですが、
なんだか、話をすることができてよかったと思った。

昔の話を聞いてみたい、と思ったのは、私も年を重ねたということかな。
そして、色々あっても、やはり働いてくれて食べさせてくれて、学校へも行かせてもらえたのは、
チチが汗水流してくれたからなんだな。

まあ、お金さえ家に入れればいいというものではないけれど、
そうは言っても金がなければ路頭に迷うもの。生活できないもの。。

複雑な部分は、やっぱりあるけれど、
それでもやっぱり、感謝している。
でもやっぱり言えないけど。
むずかしいな。。
うん、でもいつかそのうち。。
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こんな日記を書いた日には、聴きたくなるね。。
Nantucket Sleighride by MOUNTAIN
素晴らしい曲です。

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(2003/04/08)
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